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最高裁判所第一小法廷 昭和38年(オ)491号 判決

上告人

浪速紡織株式会社

右訴訟代理人

荻野益三郎

木崎為之

木崎良平

被上告人

三羽鶴タオル株式会社

右訴訟代理人

藤井信義

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人荻野益三郎、同大崎為之、同木崎良平の上告理由一(1)(2)(3)(6)および二(1)(2)(7)について。

所論は、要するに、旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第一三条にいう営業廃止の事実が存するとしても、商標権の登録抹消がなされないかぎり、商標権は消滅しないと主張するものである。しかし、旧商標法第一三条は、「商標権ハ商標権者カ其ノ営業を廃止シタル場合ニ於テハ消滅ス」と規定しており、商標は元来営業に係る商品なることを表彰するものであつて、商標権は営業と一体不可分の関係にあるのであるから、営業が廃止された場合においては、商標権は何等の処分を要することなく、当然に、かつ何人に対する関係においても確定的に消滅すると解するのが相当である。そして、「商標ニ関スル審判其ノ他ノ手続ノ費用及登録ニ関スル件」(大正一〇年勅令第四六四号)第四条には、営業の廃止による商標権の登録の抹消は、登録名義人の申請および職権によつてこれをなす旨規定されているけれども、当該商標の抹消について正当の利害関係を有する者は、登録名義人の申請又は職権の発動を待たず、表見上の権利者を相手方として、権利の不存在確認を求め、または、その登録について抹消登録手続を求め得べきものと解するのが相当である。所論は、独自の見解を前提として原判決を非難するに帰し、採用することができない。

同一(4)(5)および二(5)(6)について。

登録九一五三七号商標権(本件商標権)は旧浪速紡織株式会社(以下旧浪速と略する)の営業廃止によつて消滅に帰したことを認めることができるから、被上告人が本件商標権の不存在を主張し、その抹消登録手続を求めることは、法律的には、正当な権利行使と認めることができる。それゆえ、原判決に所論のような違法はなく、所論は採用することができない。

同一(7)(8)および二(8)(9)について。

原判決およびその引用する第一審判決の確定したところによれば、旧浪速紡の解散は、当時の行政方針に基づく政府の強力な指導斡旋が主要な動機となつていたことを否定できないけれども、旧浪速紡は、主として企業採算上の考慮から出た自発的な解散決議により営業を廃止して清算手続に入り、昭和二一年二月二一日清算事務完了の通知を各株主に発することによつて客観的にも営業を廃止することが認識されうるというのである。原審は、右の事実によれば、本件商標権は旧浪速紡の営業廃止により消滅した旨判断しているのであり、原審の右事実認定ないし判断は挙示の証拠により是認することができる。所論の実質は、すべて原審の右事実認定ないし判断を非難するに帰し、採用することができない。

同二(3)について。

本訴は登録九一五三七号の存否を訴訟物とし、所論甲別件は登録三八七三八二号の商標権を無効と判定した行政庁の処分の適否を訴訟物としており、両事件は訴訟物を異にしているから、二重訴訟に該当しないとする原審の判断(第一審判決引用)は正当である。所論は、独自の見解に立つて原判決を非難するもので、採用することができない。

同二(4)について。

上告人名義の登録九一五三七号商標権(本件商標権)と被上告人名義の登録三八七三八二号商標権とは、いずれも「三羽鶴」なる文字を縦書した構成で三六類タオルを指定商品とするものであるが、商標権が登録により発生することは旧商標法七条の規定するところであるから、右の二つの商標権はそれぞれ別個独立の権利であると解すべきである。したがつて、被上告人は、自己の商標権の存在確認を求めうることはもとよりであるが、それと同一内容を有する本件商標権が旧浪速紡の営業廃止によつて消滅しているにかかわらず、上告人がこれを使用している本件においては、本件商標権が権利として存在しないことの確認を求め、さらに本件商標の登録抹消を求めるについて正当の利益を有すると解すべきである。この点に関する原審の判断は正当であり、所論は独自の見解に基づいて原判決を非難するに帰し、採用することができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官松田二郎の少数意見あるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官松田二郎の少数意見は次のとおりである。

原審の適法に確定したところによれば、旧浪速紡織株式会社は「三羽鶴」の文字を縦書した構成で第三六類タオルを指定商品とする登録第九一五三七号商標権を有したこと、昭和二五年三月七日上告人が右会社より前記商標権を譲り受けたとしてその移転登録を受けたこと、その後被上告人が「三羽鶴」の文字を縦書した構成で第三六類タオルを指定商品とする登録第三八七三八二号商標権を有するに至り、ここにおいて右二つの商標権が並存することとなり、上告人が昭和二五年特許庁に被上告人の商標権につき、その無効審判を請求したところ、これを無効とする審決があり、被上告人がこれに対して抗告したが、昭和三一年二月八日抗告請求が成り立たないとの審決があり、被上告人は更に右審決の取消を求める訴を東京高等裁判所に提起し、同事件が現に同裁判所に繋属中であるのである。そしてこの訴提起に次いで、同年被上告人が上告人に対し本件の訴、すなわち上告人の商標権の不存在確認およびその登録抹消手続を求める訴を大阪地方裁判所に提起したところ、勝訴の判決を得、上告人がこれに対し大阪高等裁判所に控訴したが控訴棄却の判決があり、ここにおいて上告人が当裁判所に上告したことは、記録上明らかである。

思うに、商標権の設定の登録によつて発生するものであるが、本件において設定の登録により発生した二個の商標権がその間に何等の関連のない全然別個独立の権利であると解するならば、多数説の見解は是認されるべきであろう。しかし、私はかかる見解ににわかに賛成し得ないのである。

(一)  多数説とは異り、本件において、右二つの商標権は類似の域を超え全く同一のものと認むべきであり、終局的に相並存し得ざる関係に立つものなのである。すなわち、もし上告人の商標権の存在が終局的に肯定されるときは被上告人の商標権の存在は終局的に否定されざるを得ず、これに反して、もし被上告人の商標権の存在が終局的に肯定されるときは、上告人の商標権の存在は否定されざるを得ないからである(旧商標法二条九号、一条一項一号、四条一項参照)。両者は結局、一に帰すべきものである。二つの商標権がかかる関係に立てばこそ、被上告人は上告人に対して本件の商標権不存在確認の訴を提起したものと認められるのである。

しかして、相手方のため登録された商標の不存在につき、これを主張する利益ある者は、たとえ自己は商標権を有していないにせよ、確認の利益の存する限り、相手方の商標権不存在確認の訴を提起し得るわけであるが、本件におけるごとく、同一の指定商品につき権利者を異にする二個の同一の登録商標が存在し、終局的にはその一方が否定されざるを得ない関係に立ち、しかも現に別訴においてそのいずれか一方が否定されんとする場合には、単に相手方の商標不存在の消極的確認を求めるのでは足らず、自己の商標権の存在の積極的確認を求めることを要するものと解するを相当とする。けだし、相手方の商標権の不存在は、必ずしもこれと同一の自己の商標権の存在を肯定することとならず、自己の商標権の肯定によつて、始めて相手方の商標権を完全に否定し去ることができるからである。この理は甲乙両人がある物につき互に所有権を争う場合、甲は単に相手方乙の所有権につき不存在確認を求めるのでは足らず、自己の所有権の確認を求めることを要するのと趣を同じくするのである(大審院昭和八年一一月七日判決、民集一二巻二四号二六九四―五頁参照)。

(二)(1)  ひるがえつて確認の訴について考えるに、確認の訴は争を終了させるための最適の方法たることを要する。従つて、確認の訴は、この訴が更に訴訟の重複(確認の訴はこれを排除することこそ目的でなければならない)に導く結果にならないのみならず、健全な訴訟経済の立場から、問題たる争点を実際に即し且つより一層簡易な解決となるときにのみ訴されるのである。一般に給付の訴が可能な場合には積極的確認の訴は権利保護の要件を欠くとして許されず、ただ、未だ給付を訴求し得ない場合または確認の判決があれば被告が任意に給付を為すべきことが期待される特別の場合等に限つて、確認の訴が許されるといわれるのは、右の理由に因るのである。

(2)  もとより多数説のいう如く、前記審決取消の訴と本件訴とは訴訟物を異にするから二重起訴とはならず、従つて既判力において両者牴触することはない。しかし、被上告人が本件の訴において、仮に終局的に勝訴の確定判決を得たとしても、前記請求の趣旨からすれば、ただ上告人が商標権を有しないことが確定されるのみで、被上告人が商標権者たることは毫も確定されないのである。従つて、上告人は更に被上告人の商標権不存在確認を訴求し得る余地があるから、右確定判決によつては上告人と被上告人との間の紛争は、法律上終局的に解決されたとは言い難いのである。すなわち、この点から見ても、被上告人の本件訴はいわゆる確認の利益がないことに帰するのである。

(三)  以上(一)(二)に説示したところよりみれば、被上告人はすべからく自己の商標権の存在確認を求め、且つ、これに基づき上告人名義の商標権の登録抹消を求むべきであり、本件におけるごとく、上告人名義の商標権の不存在を主張し、これに立脚して、その不存在の確認を求める訴は、結局確認の利益を欠くものとして却下されるべきである。しかして、「登録の抹消」を求める訴も、またその利益を欠くものとして却下を免れないと解すべきである。けだし、本件において、被上告人の主張する「登録の抹消」の請求は、被上告人が自己の商標権の効力として、これを求めるものでなく、上告人の商標権の不存在確認を前提としてその不存在確認を実効あらしめんとするものであり、すなわち、その消極的確認を求めることと登録抹消を求めることの両者は、訴の利益の存否についても、別個に判定されるべきものではないからである。

従つて、被上告人の本訴は、すべて利益を欠くものというべく、この点に関する上告人の上告は理由があるというべきである。しからば、第一審判決が本件の訴を適法と認め、本案につきその請求を認容したのは失当であり、原審が同判決を正当として是認したのもまた失当である。

よつて、原判決を破棄し、第一審判決を取り消し、本件の訴を却下すべきである。(裁判長裁判官横田喜三郎 裁判官入江俊郎 長部謹吾 松田二郎)

上告代理人荻野益三郎、同木崎為之、同木崎良平の上告理由

二、原判決には次に述べる通り判決に影響を及ぼすこと明かなる法令の違背あるものであるから、此の理由によつても破棄さるべきである。

(4) 上告人は第一審以来本件につき被上告人は確認の利益を有しないから本訴は却下さるべき旨主張してきた。(原判決事実摘示第一の二の(1))右主張に対しては原判決は第一審判決をそのまま引用しているのであるが、右判示は確認の訴についての解釈を誤れるものである。

上告人のこの点に関する主張は確認の利益とは原告の法律上の地位の不安定が存在し、確認判決によりその不安状態が除去されうることを意味するのであるが、その不安を除去するにつき、当該確認判決を得ることが最も適切な手段であることを要し、それが確定されても、なお当該紛争につき争の余地が残る様な場合は確認の訴を求める利益必要は存しないし、又紛争を解決するのに最も直截的効果的な方法を選ぶべきであるから権利の帰属を争う場合には自己の権利の積極的確認を求むべきであつて相手方の権利の消極的確認を求むべきではないというに存する(第一審答弁書第二項参照)。

而して本件について此をみるに被上告人の請求は、上告人が「三羽鶴」商標権を有しないことの確認であるが、仮に確認がなされたとしても直ちに被上告人が商標権を有することにはならないし、被上告人の有する商標権が争はれる余地の残ることは甲別件の存在を見ても明かといわねばならない。又上告人がこれまでに度々主張した登録主義の原則からみても、本件商標権の登録が現存する以上、これが無効確認を求めることは許されない所である。然るに原判決は右法理を誤つて解釈し異る結論に達したものというべきである。

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